ほうき星

 曇りと雨の日が五日間続いている北陸地方で。山にも登れず読書三昧の日を送っています。
 久し振りで山本一力氏の「ほうき星(上・下)」を読みました。091109_3
091112   ほうき星(彗星)は子供の頃から、不吉の象徴と聞いています。作家一力氏の小説の世界ではどう描かれているのか興味がありました。
天保六年(1835年)七十数年に現れる「ほうき星(ハレー彗星)」が江戸の夜空に輝いたとき、主人公さちは絵師の娘として生まれる。幸せな子供時代を過ごすが両親の死、慈しんでくれた祖母の死と不幸に襲われるが″願いごとをすればいっかきっとかなう〟200pxcomets7417688_2 これを乗り越え絵師としての天分を発揮する・・・。
作家一力氏独特の下町人情味溢れた物語である。
「ほうき星(彗星)」はまだ見たことがないが、Leonidas_sigloxix_2 先日のオリオン座の「ながれ星」は運よく眺める事ができました。
(Wikipediaから写真使用)

もう一冊は団 鬼六著「往きて還らず」7月に出た新刊本です。″おれが飛び立ったら、この女をお前の妻にしろ〟三人の特攻隊員と一人の美女。死を間近に控えた彼らが択んだ、空極の愛のかたちとは・・・。091113
「人生は Do it now ! やるべきは今」
お国のために命をささげる特攻隊員の「大和魂」を感ずる。

物語の中にエロチックな描写もあり面白い!
作家・団 鬼六氏は嗜虐的官能小説の第一人者でありました。

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In The Woods of The Rockies

「ロッキーの森から」という写真集。
ロッキー山脈は北アメリカ大陸をカナダ、ブリティツシュ・コロンビア州からニューメキシコ州まで、北西から南東4,800kmにおよぶアメリカの屋根です。このロッキー山脈のほぼ中央コロラド州デンバーに40年以上住み続け、自然や生き物、人々を撮影してきた日本人 山岸行輝氏のA4版の写真集です。091031
彼のアウトドアーライフを通しての写真やエッセイは、時間を追われ、五感をつかった生活を忘れてしまった私たちに「自然暮らし」の良さを目で楽しませてくれる。
小生はまだ訪れた事がない広大なアメリカ大陸の自然は島国育ちの小生には想像もつかない。
 山岸行輝氏は1937年、東京生まれ、学習院大学卒業後渡米、New Yorkの美術学校を出てアートディレクター、フォトグラファーなどを経験して現在はフリーライターです。またフライフィシャーマンとしても有名です。
 小生は彼の自然とともに暮らす生活を憧れます。羨ましいかぎりです。八ヶ岳山麓か穂高町(松本市郊外)に住むことが実現不可能
な私のです。Img_2866_1 Img_2867_1_2 Img_2869_2 Img_2868_1 

 先日珍しい写真を図書館で見っけました。明治の初めの頃?ちょん髷「歩荷」の 姿です。
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灯火親しむ・・・

 晩秋の夜は長いですね!明日からは 「読書週間」 です。読書週間は1924年(大正13年)に制定されました。しかし戦前と戦後一時期中断された時もあったようです。読書週間は10月27日から11月9日までの、二週間だそうです。
 先日の新聞では 本離れ・・・という記事が載っていました。「時間がない」が主な理由のようです。そう言えば小生も現役の時はあまり読まなかつた。きっと時間が無かったのでしょうね。現在では時間潰しに乱読気味です。
 今は、市立図書館に読みたい書籍(新刊本)などの検索またリクエストも自宅からインターネットで出来、便利な時代です。
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前回は好村兼一著「伊藤一刃斎」を紹介しましたとても面白かったので同じ作家の 「侍の翼」 を手にしました。期待どうり大変おもしろい。
主人公は槍の遣い手、お家断絶で江戸の裏長屋に住む貧乏浪人暮らし・・・。武士として先祖に恥じない死に場所を捜していたが、思いもかけぬ運命が・・・。読んでのお楽しみ!
「天雷无忘 (てんらいむぼう) = 己一切を天に委ね、天に従い、泰然と居るのみ という意味らしい。  好村兼一氏のファンになってしまった小生。「宮本武蔵」を執筆中との事、待ちどいしい。

091020 もう一冊は菊池俊明著 「白馬岳の百年 (近代登山発祥の地と最初の小屋) 」 です。
明治38年(1905年)に白馬山頂直下に登山者用の営業小屋が 「松沢貞逸」 氏によって計画された。現在の 「白馬館」 で収容人員日本一の山小屋です。白馬岳に登られた方は泊られたのでは!
北アルプスのなかで白馬岳は岩稜登りを楽しむ穂高岳や剱岳と違って、雪と花を楽しむ山です。菊池氏は「未知への好奇心や初ルートの開拓に情熱を燃やした「登山 」の時代は、昭和40年代を境に遠のき、その後しばらく続いた若者や中年の「登山 」の大衆時代もやまを越え、今や、カネを頼りに自分の好みに合わせてやってくる「登山 」の時代を迎え始めている」と言っています。

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天下一の剣を求めて 伊藤一刃斎

 剣聖・剣豪の名は塚原卜伝をはじめ、上泉伊勢守、宮本武蔵、千葉周作 などが思い出されます。今週は 好村兼一 著 「伊藤一刃斎 (上・下)(平成21年9月15日発売 廣済堂)を読みました091012_2
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7月に柔術・柔道の夢枕 獏「東天の獅子」を読みましたが。今回は剣の道を極める男の物語です。著者、好村兼一氏は 剣道八段 です。八段の段位は剣道で最高位のもので、とても難しい。合格率は毎年受験者のうち1%と狭き門です。
伊藤一刃斎は16世紀後半の人で、出自などは明確ではありません。小説の中では伊豆大島となっており、三島大社の神人から日本一の剣豪をめざす男の一刃流開祖誕生の秘密!の物語です。三島大社の宮司より剣を教わり、鐘捲自斎に見出され富田勢源(越前一乗谷生まれ?)を師事する。勢源から前原弥五郎という名から伊藤一刃斎景久と天下一剣聖に相応しい名を授けられる。
 小野善鬼とともに修業の廻国の旅に出て、あらゆる流派と例えば京の吉岡一門、奈良の槍の宝蔵院、柳生一門などと手合わせ三十数度立ち会うが負け無しである。善鬼はかけがいのない友であった。善鬼の甥、小野次郎右衛門に一刃流を継がせる。
 とにかくこの本も面白い、日本男性には武道のDNAが流れているのか?
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天下の頂点に立、剣を極めた剣豪は、宮本武蔵もしかり、

 〝忽然と姿を消す〟

理由はいろいろあります、読んで見てのお楽しみ!

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許されざる者

 辻原 登 著『許されざる者』 (上)(下)を読み終えました。840ページの長編小説で、約二週間を費やしてしまった(体調もイマイチだったので)。091009 091003

「許されざる者」というと1959年、オードリー・ヘプバーン、バート・ランカスター主演の西部劇を懐かしく思い出される往年の映画ファンも多いのではないでしょうか。
また同じ題名で1992年、クリント・イーストウッド監督・主演。2003年には藤 竜也主演で映画化されたものとはストリーは違います。

 物語は日露戦争開戦から終戦の明治時代、和歌山県・新宮(小説では森宮)を舞台に書かれています。主人公は米国と印度に学んだ医師、町の人々に「ドクトル(毒取ル)」と慕われる魅力的な人物です。近代化の波が押し寄せる森宮に暮らす人々をも巻き込んで、ドラマチックな時代群像が描かれています。
元森宮藩主の妻と恋仲に落ちる、ドクトルが戦地で森林太郎(鴎外)と会うなど、実在の人物と架空の人物が交流する場面などがあり面白い。

 秋の夜長 読書に親しまれてはいかがでしょう

「歴史上の事実は一つだけれど、そこで生きていた人たちが何を考え、どうかかわっていたかは、ほとんどが後に書かれたフィクション。みんなが共有する、当然こうなるだろうという歴史に引きずられないで、小説が書きたいと思いました」と著者が言っておられます。
この小説「許されざる者」は今年6月に出版された新刊本です。

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山岳推理小説

 大倉崇裕 著 「生還 山岳捜査官・釜谷亮二  2008年9月20日初版の小説を読み終えました。090910 山岳小説では新田次郎氏が数多く書かれています。他に作家として井上靖、谷 甲州、夢枕 獏の各氏の小説が出版されています。しかし山岳推理小説は少ないと思います。
著者・大倉崇裕氏は ″山岳ミスティを書くのは私の目標であり願いでもあった〟 と語っています。
山で不審な遺体が見っかったとき。山岳遭難救助隊捜査係・釜谷亮二が呼び出されて、残されたわずかな証拠から意外な真実を追究していく小説です。著者は山岳推理小説という新たなジャンルを開いたのではなかろうか?全てがフィクションです。例えばストリーに出てくる山名も「黒門岳(2611m)」とか「奥千岳(2765m)」等が書かれている。小生は何処にあるのか カシミール3D で調べましたが、存在していない。読者を実在の山のように錯覚させてしまう感じです。他に彼の著書 「聖域」 も出版されている。次に読みたいとおもっています。

 もう一冊は新刊で高城 高著 「函館水上警察」 です。09_0907 明治24年函館に発足した小さな警察署、五条文也警部が密漁船の水夫長変死事件や、英国軍艦の水兵の切ない出踪事件などを解決するため、署員たちが日夜陸と海を駆けて活躍する小説です。
若き日の 森林太郎(鴎外) の知られざる函館訪問記 「坂の上の対話」  も併録されています。
函館は05’に訪れていますが充分に見て歩いておりません。機会が有ればもう一度行ってみたい所の一つです。Photo Photo_2
函館港を坂から見るとハリスト教会。

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「東天の獅子」と「運命の人」

 梅雨が長引いており、読書がすすんでいます。22日(水)に 「東天の獅子(第四巻)」 を読み終え、昨日(土)に 「運命の人(四)」 を読み終えました。090722

 Img_2468_2 夢枕 獏 と 山崎 豊子 の著書で、いずれも四巻からなる長編力作です。
「東天の獅子」は講道館 VS 古流柔術諸派の明治19年から実施された「警視庁武術大会」での激突です。
数10分にもわたる格闘シーンの数々が、如実に書かれています。
「稽古とは古(いにしえ)を稽(かんが)えると書く」 「心を磨くためには、肉体(からだ)が必要なのです。そして肉体を鍛えるためには、心が必要なのです。心も肉体も不可分です。心と肉体――これをふたつながら磨くのに、柔術ほど優れたシステムはないと思います」 (本文より抜粋)。
柔道はじめ、剣道、空手など武術を習っている人、これらに興味のある方は必読ではないでしょうか。Img_0601

「運命の人」は(三)(四)と図書館にリクエストが多く、相当時間がかかると思っていましたが、以外と早く順番が廻ってきて読むことができました。
沖縄が日本に返還される時、軍用地復元補償費が日本側の肩代わりであることを裏付ける電信文が外務省から漏洩したことから、物語が始まる。沖縄では本土返還以前、また返還後も様々な事件が発生している。
米兵による少女暴行事件などは記憶に新しい。この事件などは氷山の一角であろう。また終戦まじかにアメリカが沖縄に上陸した時、沖縄県民の悲惨な情景が描かれています。

戦争を知らない世代がほとんどの今の日本。この物語を読んで先の大戦が、いかに無謀であったかを知らされました。
 山崎豊子の 「沈まぬ太陽」 が映画化され10月24日に封切と聞きます。お盆近くになると、日航機墜落事件が思い出されます。この墜落事件をストリーにしたのが「沈まぬ太陽」です。封切が楽しみです。090719

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「東天の獅子」 

 文武両道をそのまま生きよ! 明治の初期、技の追求と人間教育への情熱をもって、世界の 「講道館柔道」 を確立した。 嘉納冶五郎 の言葉である。
 昨年暮れに発行された 夢枕 獏 著 「東天の獅子」 は、嘉納冶五郎と講道館の小説であります。 090712
発刊された当時は人気小説で手にする事ができなかったが、先日図書館で一巻~四巻まで借りる事ができ、今、二巻目をよんでいます。
柔術から柔道へ、明治時代の 「柔」 に対する猛者たちの意気込みが感じ取れます。
ここで「講道館四天王」を挙げておきましょう。 山田常次郎、志田四郎、山下義韶、横山作次郎 です。4人それぞれに個性を持っており、それぞれの活躍が書かれており、次第に頭角を現し、隆盛への道を歩む、若き気力に満ちた青春武道ロマン長編物語です。
志田四郎は 「姿三四郎」 のモデルと言われています。また、山下義韶は明治政府の要人でありました。梅雨が明けるまでに、あと二巻を読んでしまいたいと思っています。

5月から読み止しの 「運命の人」 の(三)は申し込んで一ヶ月になるが、図書館から連絡が無い状態です。
 きょうは、気温がウナギ上りです。こう暑いと日野山にも脚が向かないです。
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朝の散歩道で見つけた黄色い花です。

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運命の人

 「運命の人」 は、85歳を迎えた作家 山崎豊子 が、取材・執筆に十年をかけた小説です。4部作のこの小説は今年4月25日に一、二巻が出版され三巻が先日出ました。四巻目は、まだ発売されていません。090528 Img_2257
「不毛地帯」「沈まぬ太陽」「二つの祖国」など読んでいますが、彼女の小説は読み出すと止められない。どの作品も壮大なドラマであり、事実を取材し、小説的に構築したフィクションであろうか?
図書館で一巻目を借りた時、予約待ち 6人。本日二巻目を借りて予約待ちが 9人。″期限までには返却して下さい″と館員に言われました。三巻目を予約したが、すでに5人待ちと、何故か人気の作品であります。続けて読めると良いのですが、間が空いてしまうと前巻のあらすじが忘れてしまいそうです。その間は別の小説を読まなければならない。
 一と二の間に 山本兼一 著 「利休にたずねよ」 を読みました。利休は飛びぬけて鋭い審美眼と奇智をそなえ、 茶の湯者 として天下一の声望と、  を得ていることはご存じと思います。秀吉に切腹をさせられた茶人です。090601
 

最近、天候もイマイチで遠方の山登りも控え気味。
昨日はメタボ解消のため「日野山ジム」へ、高気温のわりには爽やかな、カラットした日でした。これと言った情報はありません。登山者は小生以外5名でした。Img_2253 Img_2254

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麒麟

 「麒麟」 広辞苑を見てみると①中国で聖人の出る前に現れると称する想像上の動物。 ②最も傑出した人物のたとえ。 と有ります。090424
 岳 信也著 「麒麟-橋本左内伝」 を読みました。
橋本左内は越前国福井藩が輩出した幕末の志士です。
緒方洪庵の「適塾」きっての秀才で最短の速さで塾頭に進級した。天才中の天才でした。幕末の混乱期に医師の家に生まれながら世の改革を志し、維新前後の国事に身を投じて、わずか26年という短い生涯を終えた人です。180pxsanai_hashimoto_2

彼はときに突飛なほどの夢想家であったが、一方でしかと現状を見すえる現実主義者であったと伝えられています。
天保5年(1834年)生まれ、安政6年(1859年)没。いわゆる「安政の大獄」で処刑された。この安政の大獄では 吉田松陰をはじめととする、頼三樹三郎、梅田雲浜など多くの優秀な人物が罰せられました。雲浜も福井県出身です。
以前「安政の大獄」がなかったら、日本の近代化がもっと早く進んでいたのではないか?と聞いたことがあります。
 今年は彼の没後150周年にあたります。

 19日(火)日野山には 「ササユリ」 「ミヤコワスレ」 が咲き始めていました。Img_2228 Img_2230
 

 

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槍ヶ岳開山

 ″まるで天をさしている〟と言っても過言ではない。紺碧の大空に真っ直ぐに伸びている槍の穂先。ひとめ見ただけで、その山容が目に焼きつき忘れることがないのは小生だけではないと思います。 「槍ヶ岳」 (3180m)は北アルプスいや日本を代表する名峰です。Mt__yarigatake_from_kitahotaka28200
「劒岳・点と記」に続いて、新田次郎著 「槍ヶ岳開山」 を40年ぶりに再読しました。
槍ヶ岳は僧 播隆上人 によって文政十一年(1828年)七月二十八日に開山されました。越中国河内村の出身の彼は百姓一揆、打毀しの仲間に入っている時、誤って愛している妻・おはまを刺殺してしまった。罪の償いをするために仏門に入り妻の霊を慰めようとしたのである。Ban01 090420
念仏を唱えながら各地を歩いた。時には悪童達に乞食坊主と罵声を浴びせられ石の礫を額に受けながらの修行の毎日でありました。
飛騨の本覚寺に帰ったとき、椿宗和尚に  「笠ヶ岳再興」 を薦められた。笠ヶ岳(2898m)山頂から、未踏峰の槍ヶ岳を目にし「槍ヶ岳開山」に心が逸るのであった。
案内人・中田又十郎と槍ヶ岳山頂を極めた、播隆の「南無阿弥陀仏」の名号が響き渡った時、五色に彩られた虹の環が霧の壁にあった。                         背光を負った仏の姿、現実の世のものとは思えぬあざやかなその光の影は、阿弥陀如来の来迎と思った。また自分が手にかけた妻・おはまの姿でもあった。
 この現象は 〝ブロッケン現象〟 と云われるものです。ドイツのハルッ山中のブロッケン山にしばしば現れ、ブロッケン山の妖怪とも言われています。
 槍ヶ岳に登ったあとこの本を購入し読んだのであろう。最終ページに昭和43年7月20日「槍ヶ岳・登頂」と記してあります。播隆が開山して、ちょうど140年目に小生が登ったことになりますか。
 注;写真一部Wikipediaを使用させてもらいました。

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「百名山の人 深田久弥伝」

 昨今の登山のブームの切掛けとなったのは 深田久弥 著 の 「日本百名山」 であったと言っても過言ではないと思います。山登りを目指す者のバイブルのような文献である。

 小生も5~6年前までは百名山を目指して連休や休暇を費やしていましたが、何故か百名山、二十数座を残してから、こだわらなくなって来ています。Img_2078

 「日本百名山」 はいかにして生まれたか?
 田澤拓也 著 「百名山の人 深田久弥伝」 を読みました。090320

深田久弥は石川県加賀市(旧 大聖寺町)生まれで、旧制福井中学、第一高等学校、帝大と進まれて。小説家となる。
 彼の知られざる生涯を紹介した本です。
彼は子供の頃から衣・食・住に関して無関心な性格であったらしい。身のまわりの無精や無頓着は50歳を過ぎても一向に変わらない、不器用かつ朴訥の人で多くの人々から愛された温厚な人柄であったらしい。
 妻であり作家である北畠八穂との確執がありました、小説家としての挫折。小林秀雄、井伏鱒二ら鎌倉文士との関係。彼の小説としての作品はあまり知られていない。
 北畠八穂と離婚後、志げ子と再婚して日本各地の山々を精力的に登る。
 深田久弥は小説家なのか登山者なのかとも言われたが、「日本百名山」は不朽の文学であると評されています。昭和46年(1971年)3月21日、山梨県の 茅ヶ岳 (標高1704m)亡くなっています。一度登って深田久弥を偲んでみたい山です。日本山岳会会員番号は1586番。
 小生も百名山に登る前に「日本百名山」を読みある程度、その山の知識を得て、また帰ってからも読み返し二度楽しんでいます。Img_2079
 もう一冊 田中澄江 著 「花の百名山」 も手元に置いて暇があると読んでいます。 北アルプス双六小屋の看板は彼女の書によるものです。

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剱岳に三角点を !

 花粉症に悩まされ外出ままならず、「読書週間」の一週間です。
久し振りで山に関した本を読みました。国土地理院を退職された山田明著 「剱岳に三角点を!」 です。Img_2072
岩の殿堂 「剱岳」 は山登りを目指す者には、憧れの山の一つでしょう。
小生も平成6年8月7日に山頂を極めました。その時は三角点の標石は存在していなかったのことです。
1907年陸地測量部の 柴崎芳太郎 が登頂してから2007年で百年。
これを記念して彼が果たせなかった三角点の設置を、国土地理院北陸測量部が主となって設置した記録です。剱岳の三角点は 「三等三角点」 です。三角点には、一等、二等・三等、四等、と一等・二等多角点の4種が有り。それぞれに柱石のサイズが違うそうです。花崗岩で重さは60kgs以上で文字面は南向きに決められている。090316_c 090316_b 090316_a
「百年の時を経て剱岳山頂に三角点を建つ、明治の測量官の想いを埋めて」
富山西校の生徒など60名のボランティアが室堂から雷鳥坂キャンプ場まで背負子で担いでリレーしたそうです。
60kgsの重量は相当肩に食い込んだと思います。三角点設置後、GPSなどで再度測量したが残念ながら3000mに1m足らなかったそうです。
 柴崎芳太郎の名は、新田次郎著 「剱岳・点の記」 で小生も知りました。
前人未踏の剱岳と思われていましたが、彼が登頂した山頂には、錆びた剣と錫丈がすでに有ったと。「大字瀬ケ口ヨリ山路十五丁余ヲ登リ頂ヨリ左ニ峯ヲ進ムコト五丁ニシテ本点ニ達ス困難ナリ」俗称  劔ケ岳  Dsc002422a Photo彼の記録の一部です。
剱岳・点の記は映画化され、現在撮影中とのこと6月には封切予定と聞いております。
楽しみが又ひとつ増えました。
写真は柴崎測量官と長次郎です。地下足袋が靴、蓑が雨具の時代。我々は今、登山靴とゴアテックスの雨具で快適な登山できる幸せですね。

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箱館の危機!

 箱館が植民地になってしまう!。
明治維新の時、箱館(現在は函館と書くが当時は箱館と書いていたらしい)がロシアの植民地になるところであった。
090131 富樫倫太郎著 「箱館 売ります」 を読み終えて。
明治新政府軍と旧徳川幕府軍、日本人同士が戦っている隙に、函館が危機に陥る寸前であった。
「ガルトネル事件」 慶応3年(1867年)箱館奉行・杉浦兵庫頭に田畑試作を依頼されたことをきっかけに、プロシア人、ガルトネル兄弟が、箱館近郊・亀田村で開墾を開始。江戸幕府が崩壊し。翌 慶応4年に新政府・箱館裁判所と契約を交したが、いっの間にか1町ほどの租借地が7万坪に増えていた。ついで箱館を占領した 榎本武揚 との間に契約を継続、300万坪を99年租借することに成功していた。明治3年(1879年)新政府は広大な土地に治外法権を認めておくことを問題とし、6万2500両を支払ってようやくこの土地を取り戻した。ノンフィクション小説です。 
 榎本武揚の他、新撰組副隊長・ 土方歳三 や 大鳥圭介 等が登場している。

 もう一冊は同じく、富樫倫太郎著 「堂島物語」 です。090210
現代の株取引のように、乱高下を繰り返す江戸時代、大阪 堂島の米相場。予測不可能な幕府未公認の先物取引「日仕舞い」(ディー・トレード)に一人の男がすべてを賭けた物語です。余談ですが、昨日(9日)の東京株式市場で、26年ぶりの最安値となったとの事。
 定額給付金による経済効果を狙うのも良いが、我々の税金をもっと世の中景気が良くなり、安定した経済効果をもたらす政策を打ち出し有効に使ってもらいたいものです。

 昨日の日野山情報。曇りの月曜日と言う事で登山者は少なく、小生を含め7名でした。Img_2038_1 「ショウジョウバカマ」 が咲いています。

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黒衣の宰相

 寒の戻りと言おうか、寒さがぶり返してそこまで来ていた 春 が足踏みしてしまったようです。catface ほころびはじめた花々が萎んでしまう。

 火坂雅志著 「黒衣の宰相」 を紹介します。090215_1 最近彼の書を連続で読みました。信長・秀吉・家康の時代は歴史上大変面白く、とても興味がある時代です。 

「黒衣の宰相」とは、 家康の傍らにいて江戸幕府設立に貢献した南禅寺の禅僧 金地院崇伝 の時代小説です。Kontiinphoto

家康には4人の知恵袋がいました。本多正信・正純親子、南光院天海、崇伝が挙げられます。

 彼は外交事務を主に担当していましたが、豊臣家の打撃的滅亡を策略した。方広寺の 「国家安康」 「君臣豊楽」 の鐘銘事件が有名です。また彼は「禁中公家諸法度」「武家諸法度」などに知恵を絞り、幕府三百年の礎を築いた一人でしょう。
 京都、浜松(家康・大御所時代)、江戸の市中を黒い僧衣を颯爽となびかせていた彼の姿を想像できるようです。

現在は富樫倫太郎の 「箱館売ります」 と 「堂島物語」 を借りて来て読んでいるところです。

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「臥竜の天」と「虎の城」

 先月から今月にかけて読み終えた本です。作家はNHK大河ドラマ 「天地人」 の原作  者、 火坂雅志 氏です。0901190124_1
09020106 「臥竜の天」 は奥羽の雄、独眼竜と呼ばれた 伊達政宗 の小説で。
 「虎の城」 は築城・土木に名をはせた 藤堂高虎 の小説です。
両雄とも安土・桃山の野望渦巻く戦国乱世を生き抜き、江戸末期まで続く家系の祖であります。
 猪武者の時代に見切りをつけ、人心掌握術・経営術を学び時代の流れに乗り生涯を終えた二人だったと思います。
 正宗の辞世の句  "曇りなき心の月を先立てて 浮世の闇を照らしてぞゆく"
 "義に過ぐれば固くなる 仁にすぐれば弱くなる" の言葉を残しています。
 高虎の手がけた城は、 和歌山城・宇和島城・今治城・伏見城・津城・伊賀上野城 など多数にのぼる、しかもそのいずれもが天下の名城として知られており、現存している。

 昨日は快晴の土曜日で日野山の登山者は一日で100名を越えたのではないだろうか?
東京からのツアー客、約25~26名(マイクロバス一台)もあり。穏やかな早春の休日を楽しまれたのではないでしょうか。002_hdtv_720 Img_2005 011_800x600
(T氏の写真も使用しました。)
これからは雪解けと伴に咲き出す、お花が楽しみです。

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「源氏物語」 Part 6

 昨年は 「源氏物語千年紀」 という事で古都を中心に、また紫式部に由緒ある地で様々な催事がありました。越前市(旧 武生市)も一年を通じて書籍、絵画等など展示され多少見る機会がありました。_1_1

土佐光起(1617~1691)の 「紫 式部」 像です。

昨年は予定していなかったのですが、瀬戸内寂聴 訳 「源氏物語」 十巻(54帖)を読み終え、私の読書歴に一頁を加える事ができました。
瀬戸内氏は原文を読むことを薦めておられるが、原文だっら十~十五行で音を上げていたでしょう。明治の文豪・森鴎外でさえ原文で読み通すことには難渋したらしく、与謝野晶子の口語訳が出版されて大喜びしたという逸話があるくらいですから、小生など原文を読み終えるには,何十年かかるか分かりません。
 
 年末から正月にかけ瀬戸内寂聴 著 「女人源氏物語 上・下」 二冊を読みました。081214_1 Img_0036
光源氏を主人公とする本物語と違い、女人源氏物語は光源氏にかかわりのあった女性達が自由に語りはじめたら・・・・・。   作家が代弁した物語です。例えば、紫上のかたる・女三の宮のかたる・~の侍女のかたる、 などです。
嫉妬や不安、怒り、哀しみ、あきらめなど、やり場のない恋情を一人称で切々と吐露するもので、男では解からない女性のこころの内を知る事ができ面白い。本物語を読み終えた人にお勧めする「本」です。より深く「源氏物語」を知ることが出来るとおもいます。

 日野山は8日(木)快晴のもと今年2回目。沢山の愛好家が登られてきていました。山頂積雪は約40cm、気温は2~3℃です。今夜からの寒波で週明けには、積雪も増える事でしょう。Img_0106

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読み終えた二冊

 先日より読み始めていた844頁の書物は、中野實信著の 「小堀遠州」 という小説です。(小生は歴史書に思われる)。844頁といえば本の厚さは5cmにもなる。しかも一頁 2段で大変読み応えがあり時間が掛かりました。081121_1
小堀遠州といえば、御存じ茶道 「遠州流」 の祖であります。彼は16~17世紀の戦国、乱世。信長、秀吉、家康へと天下統一期、疾風怒涛の時代に活躍した文化人(数奇者)です。
千利休は秀吉に、古田織部は家康に抹殺されましたが、小堀遠州は生き延びて、 「茶の湯」 は勿論 「庭園」「建築」 と文化遺産を今日まで伝えてくれています。
 「百芸をこなすより 一芸に秀でよ」 Enshu_l
著者、中野氏は作家では有りません。本業はお医者様です。現在は近江温泉病院副院長をされています。忙しい医師の仕事のなか5年以上かけて、今年3月に出版された本です。一気に読んでしまった小生は「愚か者」と中野先生に怒られそうです。

 もう一冊は、笠島忠幸著 『鉄斎「富士山図」の謎』 という書物です。081124_1 図書館で富士山の名で手にしました。幕末から明治に活躍した画家、「富岡鉄斎」 を研究した学術書です。
著者の名前をみて驚きました。なぜならば彼の父、祖母(二人とも故人)と仕事の上で付き合いが会った故、彼を小学生の頃から知っているからです。
頭の良い、礼儀正しい、賢い子供でした。東京学芸大学卒業され現在は出光美術館学芸員で、大学の講師をされ日本美術史(絵画史、書道史)の研究をされています。
郷土から輩出した、笠島君の今後の活躍を見守りたいと思っています。


日野山情報。22日(土)山頂積雪は約50cmでしたが、昨日は10cm程でした。泥濘なので登山靴より長靴がベーターです。しかし足先が冷たくなりますので御用心!Img_1909_1 Img_1910_1
 

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読書の秋

 立冬が過ぎてからは、日々に陽射しが短かくなり朝夕の冷え込みが身に沁み、朝布団から抜け出すのが辛くなってきました。(。>0<。)
 秋の夜長は、やはり読書にかぎります。081106_1
宮尾登美子著 「錦」 を読み終えました。宮尾さんが久々に書き下ろした新刊本(08’6月発売)です。彼女の作品は十数冊読んでいて女性作家のなかで好きな作家の一人です。以前、北海道旅行で伊達市の 「宮尾登美子記念館」 も訪れた事があり、なにかしら親しみやすい。
本のあらすじは、女性の和服で憧れの帯。 「龍村の帯」 を作った龍村平蔵氏(作中は菱村吉蔵)をモデルにした小説です。法隆寺の錦、正倉院の琵琶袋と名品裂(きれ)の復元の難事業は如何に行われたか。西陣織物界の雄、龍村平蔵とはどのような人物だっか。晩年は海外からの注文もあり、功績は讃えられ、芸術院恩賜賞、紫綬褒章も受けた。昭和37年87歳、自宅の研究室で眠るが如く永眠した。波乱万丈の人生、織物に情熱を賭けた男の一生を書いた物語です。
 今は844ページに及ぶ、二段書きの大長編小説を読み始めました。これも今年の3月に出た新刊本です。

 日野山情報、山頂の紅葉は終った感じです。比丘尼ころがし近辺が見どころか、しかし駆け足で降りてきています。Img_1899_1 Img_1900_1 枯葉の絨毯が深くなって来ています、足を滑らないように注意して下さい。

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源氏物語 Part 5

 「いつ゛れの 御時(おほむとき)にか 女御 更衣 あまたさぶらひたまいける中に いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが すぐれて時めきたまふありけり・・・・」_1 _1_2

「源氏物語」 の冒頭の一節です。 物語は三部で構成されているといわれている。一部は「桐壺」から「藤裏葉」までの三十三巻(帖)、二部は「若菜」から「幻」までの八巻、三部は「匂宮」から「夢浮橋」までの十三巻で、五十四帖からなる 光 源氏 誕生から約75年間を綴った大長編の小説であります。国文学者をはじめ作家の先生方が研究を重ね続けている大変、奥深い小説(物語)であります。
 気になっていた不思議な巻、名前があるだけで中味の文章が無い 「雲隠」 の謎?081013_1
今井源衛著 「源氏物語への招待」 のなかに書いてありました。
焼却説?喪失説?など云われていましたが、今井氏は次のように書かれています。
″ある一人の読者が幻巻の次に匂宮巻を読んで、その理由はともかく、ある日一枚の紙に「雲隠」と書き付けて両巻に挿み込んだ。次の人が、そのままに他巻とともにそれを写して、やがて、その一枚の紙は。一巻扱いを受けるようになった。″と!
暇をみて「源氏物語」に関した文献を読もうと思っています。

 昨日の日野山情報。登り下りに、誰一人とも会わない珍しい日でした。
「クルマバハグマ」「センブリ」 が咲いていました。_1_3 _1_4

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「源氏物語」 千年紀 Part 3

 四月中旬から読み出した 「源氏物語」 (瀬戸内寂聴 訳)を読み終えました。Img_1448_1
長編小説としては、過去に吉川英治 著 「新平家物語」 を読みましたがそれ以来です。
長編小説と言えば、トルストイの 「アンナ・カレーニナ」、ドストエフスキーの「罪と罰」(小生は未読)等がありますが。
千年もまえの平安時代に 紫式部 によって書かれた。「源氏物語」は日本が世界に誇る文化遺産です。
 主人公 光 源氏 は文武両道を兼ね備え、しかも類まれな美貌と才能を持ち合わせた平安王朝文化の中のスパースターであった。
 物語は、 男女関係の恋愛小説であると知られております。光 源氏の一番の才能は「女誑し」だったのです。読み終えてみますと、千年の昔も現代でも男と女の仲は変わっていないと言う事です。皆様も異性に恋をし、また失恋の経験があると思います。読んでいて若かりし過去のことを思い出さずには居られませんでした。
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源氏物語に関する文献、研究書など数多く出版されております。それだけこの物語は「奥が深い」ものであると思います。PCで検索すると915万件近く出てきます。通っている市立図書館で源氏物語に関する書籍は数百冊もあるようです。
機会があれば「原文」を読んで観ようと思います。時間が掛かるでしょうね。

 作中人物は230人と聞きました。源氏が恋する女性の中で、現代読者に一番人気がある女(ひと)は 「夕顔の君」 であるそうな。Img_1447_1
平安美人を皆さん想像してみてください。

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「源氏物語」 千年紀 Part 2

  先週より北陸地方も梅雨に入り、毎日 鈍色 (にびいろ)の雲が空を覆って、小雨がパラつき鬱とうしい日が続いております。アウト・ドアー派には怨みの目で天を眺めている事でしょう。小生も一週間以上山とご無沙汰しております。
 しかし雨の日のお陰で読書が進んでいます。 「源氏物語」 十巻の内、八巻を読み終え九巻目に入ります。080620_2                                        すでに、主人公 光 源氏 は 「雲隠」 の帖で亡くなっております。
雲隠の帖は題のみで、物語はありません。
 「椎本」 の帖以降 「夢浮橋」 までを 「宇治十帖」 と言われるそうで、主人公は源氏の義理の息子 薫の君 や 孫に当たる 匂宮 が主役になり時代が進んできています。「宇治十帖」は、紫式部 以外の人物が書いたのではないかと疑われていたらしいが、瀬戸内氏は紫式部の筆であると言っています。Img_1406_1
Img_1409_1 Img_1444_1

又、氏は  "宇治十帖をけなす人もあるが、私は宇治十帖は近代小説に最も近く、そこが面白いと思う〟 と言っておられます。
「源氏物語」の結末が、どううなるのか?
残り二巻が、とても楽しみです。
高谷池ヒュッテに入るまでに読み終えたいと思っております。

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「源氏物語」 千年紀

 今年は 「源氏物語」 が発表されて、ちょうど千年になるそうです。京都、滋賀など、 「紫式部」 のゆかりの地では、源氏物語に関する行事が数多く開催されているようです。ここ越前市も、紫式部が二十歳のころ。父 藤原為時が赴任先、越前国府に約一年間滞在したと伝えられております。Img_1192
越前市でも、いろいろ催しものが計画されているようです。
千年紀を機会に挑戦しようと思い立ちました。
先日、長編大作を読み始めたと言いましたのは、実は 「源氏物語」 だったのです。「桐壷源氏」と言われない様に伏せておりました。(桐壺源氏とは、途中で読みきれなくて止めてしまう事と聞いておりましたので)
しかし、第一章と言うべき、五巻まで読み終えました。Img_1385 「桐壺」に始まり「藤裏葉」までの33帖です。
源氏物語は与謝野晶子、円地文子、瀬戸内寂聴などの作家が訳されております。小生は、原文なんてとんでもない、瀬戸内寂聴訳本を読んでいます。それでも読むのに時間がかかります。また、主人公 「光 源氏」 に関わってくる多くの女性の系図などが、忘れ絡まってしまって後戻りしなくてはならない。(年齢と共に理解力が薄れてきたか)
 五巻までに出てくる和歌がなんと四百六十二首、ノートに書き写すのも骨が折れます。でも読んだ証に、解説文と一緒に記しています。のこり、五巻頑張って読みます。Img_1196_1 _1 _1_2

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江戸庶民の人情、恋情、友情・・・

 先月から長編大作を読み始めておりますが、一巻読み終えた合間に大衆娯楽小説を読んでいます。かなりストレスを解消してくれます。
 その作家は 山本一力 氏の時代小説です。080412_1 080525_1 Img_1173_1
080516_1_2 何気なしに図書館の本棚から手にしました。
江戸下町の話といえば、八ッあん、熊さん、長屋のご隠居さんと落語で知られております。古くは、未読ですが、井原西鶴の「世間胸算用」また、弥じさん、喜多さんで有名な、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」があります。
 とにかく、江戸下町を舞台に市井の人々の暮らし、生き様を巧みにとらえていて、面白く当時の江戸の様子が、読んでいて頭の中に浮かんできて、知る事ができる。
かれは「直木賞」作家で、小生よりも四っも若い。まだまだ、面白い小説を発表してくれると期待しています。080505_1_3
「背負い富士」は清水の次郎長の物語です。

疲れた時に読んで見ては如何でしょう。

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小説 防衛省

 図書館に入ると私はまず新刊本のコーナーに足が向きます。そこで眼に付いたのがこの本 「小説 防衛省」 (Japan Ministry of Defence)。Img_0944_1
なぜならば、昨年の防衛省事務次官の不祥事、また2月に房総半島沖でのイージス艦と漁船の衝突事故が頭の中から離れていない。いったい防衛省とは何か?詳しく知りたかったからです。
平成19年1月9日に「防衛庁」から「防衛省」に昇格しました。大下英治は政界、財界、芸能界などのルポをもとに執筆する作家です。歴代大臣、事務次官、幹部クラスへの取材を通じて知られざる防衛省の実態に迫っています。小説と言うよりは記録のようです。
昭和25年朝鮮戦争が始まった時、陸上自衛隊の前身である「警察予備隊」が生まれ「保安隊」となり、現在にいたっております。20数年前まで自衛隊は印象が悪く日陰者扱いされていたように思われましたが、近年では国内外で発生した災害の復興に、また、カンボジャ、イラクなどでの PKO活動 は自衛隊の評価が上がってきております。

昨今では隣国からのミサイルの発射で我々国民も安心しては居られません。今後国民にとって、日本の国防はどうあるべきか、他人事でなく自らの問題として考えなければならない時に来ていると思います。なを「イージス艦」は昭和62年、竹下内閣のとき採用が検討され始められました。
〝花粉症〟で悩み続けており、山歩きは一週間ご無沙汰です。春山は微笑だして来ている事でしょう。

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「名をこそ惜しめ」

 「名をこそ惜しめ」 何かと思われるでしょう。これは先月雪や雨の日が続き5~6冊読んだ本のなかの一冊です。080206_1 A_1
津本 陽著。この作家は時代物・歴史物は多く書かれておりますが、昭和時代のは珍しい。第二次大戦で未曾有の激戦地。東京から約1200km南の太平洋に浮かぶ    「硫黄島」 での数少ない生還者の手記、日記、また体験談を元に作家が、 日本人魂の記録として書いた物です。
゛物量に劣る日本兵が米軍側に多大な損失を与えることができたのはなぜか。日本人の本質を問う、著者渾身の戦記"です。現在硫黄島は東京都小笠原村に属し、民間人は立入り禁止となっているそうです。日本軍戦死者2万129人、米軍戦死者6千821人。「いまも1万2千体を超える旧日本軍の遺体が埋まったままであると云われる。摂氏70℃の地熱のなかで眠る英霊に永遠の平和を祈り黙祷を捧げるのみであ
」と、あとがきにありました。
2年前にクリント・イーストウッド監督、渡辺 謙主役の米映画がありました。 「硫黄島からの手紙」 残念ながら見ておりませんが。栗林中将またロサンゼルス・オリンピック馬術大障害競技、金メダリストの西 武一中佐も戦死されています。
もう一冊、印象に残ったものを紹介します。080219_1
加藤 廣著 「信長の棺」 で処女作です。以前 岡本 好吉著 「夢幻のはざま」 という本を紹介した事がありましたが、織田信長が本能寺で明智光秀の謀反に倒れ、信長の遺骸が発見されなかった事にヒントを得て書かれた物と思います。信長の祐筆であつた、 太田 牛一が主人公です。彼は 「信長公記」 を表しました。

本文より 「・・・・・本能寺で亡くなった信長さまのご遺骸が、どこに消えたのか、この謎解きも是非加えなければならない。誰もが不思議がるくせに、誰も首を傾けるだけで、それ以上は触れようとしない。これも二重な不思議だった・・・・・」                  皆さん 。
暇があれば読んでみて下さい、面白いhappy01よ。

本日の日野山情報。Am11時30分:山頂積雪1m70cm、気温2℃でした。

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宗旦の銀杏

 井ノ部康之著 「千家奔流」 「千家分流」 を読み終えて。080123_1
京都の裏千家と表千家との境となる塀のところに、樹齢約四百年という銀杏の080131_1 大木があるそうだ。
千家の祖は誰もが知っている、秀吉に切腹を命じられた 千利休 である。利休の死後、清貧のなか二代目父である 少庵 と共に千家・茶道の再興をなした人が三代目 宗旦 であった。
その宗旦の手植えとされているのが 「宗旦の銀杏」 である。
宗旦には四男一女の子があった。長男は実子ではないが、四人とも立派な茶人に見事に育て上げた。
次男 宗守 は武者小路千家の祖、三男 宗左 は表千家の祖、四男 宗室 は裏千家の祖であり今日まで「侘び茶」 「茶の湯」を伝えている。
それぞれに「官休庵」・「不審庵」・「今日庵」という茶室が有名である。千家の歴史を見守り続けている銀杏の大木である。京都を訪れた時には一度観てみたい。これから趣味で茶道にと思う人は一読されては如何でしょうか? 「千家再興」 の三部作です。

作家 井ノ部氏は福井県大野市の出身の作家です。10数年まえ、 「雪炎――富士山最後の強力伝」 を読んだ事があります。富士山頂測候所の職員(現在は無人)の生活物資を運び揚げたボッカの物語です。

先月、世界最高峰のエベレスト(中国名チョモランマ、8848m)に1953年初登頂に成功した、エドモンド・ヒラリー氏が88歳の生涯を閉じられました。Img_0863_1
ヒマラヤを愛したヒーローです。
写真は左がヒラリー氏でシェルパのテンジンと登頂時の装備を身につけ、成功を振り返っている時のものです。
ご冥福を祈ります。

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平成三十年

 明治から74年目、昭和16年(1941)に我が国は、太平洋戦争に突入してしまった。昭和20年(1945)の敗戦から74年目(2018)は、平成三十年にあたる。
はたしてその時、我が国、日本はどうなっているのか?作家がこだわった出発点である。Img_0840

堺屋太一著 「平成三十年」 近未来小説。1997~1998年に朝日新聞に連載されたものです。
本年は平成二十年、図書館で目に付き読んでみました。
作家は21世紀に入って日本経済の低迷原因をあげています。
①世界的資源・食料価格の上昇 ②我国の少子高齢化 ③非効率部門の保護温存です。①は昨今の石油の高騰、穀物の値上げ等による食料品が出てきておりますし、
②は4~5年前から問題となっており、年金・医療・保健など取りざたされております。
 最近マスコミで 「スタグフレーション」 という聞きなれない言葉を耳にします。意味は、一般物価水準が継続的に上昇していること。また不況と物価の上昇が同居する現象らしいです。我々年金生活者、一般市民には有難くない社会現象のようです。作家は10年前に予測されていたのか? あと10年後の2018年には 、2000年を100として、希少金属は582、原油は380、小麦は260、鉄鉱石は238。予想されています。

 その後 見延典子著 「頼山陽(上・下)」 江戸文化・文政期が生んだ最高峰の文筆家、頼山陽の破天荒な生涯の物語を読みました。歴史書 「日本外史」 を著した人物です。071221_1
 「鞭声粛々夜過河 暁見千兵擁大牙 遺恨十年磨一剣 流星光底逸長蛇」    武田信玄・上杉謙信の有名な 川中島の戦い を詠った思想家です。
「人生には限りがあるじゃけえ、納得できる生き方をしようじゃないか」
彼を支えたのは二人の女性、母の梅颸と妻の梨影がいたからです。

大寒の折、風邪など召されません様に!

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先月読み終えた本から

 昨年の12月は例年になく雨が降る日が多く、その為、喜んで良いのか悪いのか、沢山の本を読む(活字を追っている様なものもありますが)ことができました。
まず 浅田次郎著 「中原の虹」 (一)~(四)の長編小説です。巻(四)は昨年11月8日に出版された新刊本です。071213_1 071231_1 初めて浅田次郎の物を読みました。
新刊本として新聞の広告に出ていたのを図書館で思い出し借りました。
物語は中国、 清朝末期のものです。愛新覚羅(アイシンギヨロ)溥儀、時の権力者、西太后の印象は。読んでいて映画 「ラスト・エンペラー」 のシーンが浮かんできます。ヨーロッパから阿片が持ち込まれ、「阿片戦争」で英国に負け、「日清戦争」で我が国に破れ、清国は各国に分断され崩壊寸前でありました。義和団の乱の袁世凱、張作霖(満州の英雄、馬賊の棟梁)、孫文などなど耳にした人物が登場しています。
作家は「この冒険小説を通じて、近代中国の真実を伝えたい、そして誰の胸にも眠っている、人間の闘志を喚起していただきたい。」と言っております。
 それと立松和平著 071228_1_2「道元」 です。 道元禅師750回大遠忌記念出版物です。
道元の幼名は文殊丸、父は源(久我)通具、母は藤原基房の娘、伊子(いし)。道元が正師を求め中国に渡り、如浄和尚に出会うまで。幼少からの従者である右門が語るものである。
先日、永平寺の78代曹洞宗管長、宮崎奕保禅師が106歳で逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
山岳ものとして、A・F・ママリー著、海津正彦訳 「アルプス・コーカサス登攀記」 近代スポーツ・アルピニズムの偉大なパイオニア、A・F・ママリーの古典名著です。071205_1
しかし外国物は地名、人物名を覚えるのに苦労します、実感です。
今月も雨、雪の天候、読みまくります。

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毎日、毎日、 雨・・・・・

 今日で五日間、雨が降り続いており気が滅入ってしまう。
一瞬に見える日野山は標高400mまで雪が下りてきている、日野山に3回目の積雪があると、いよいよ里にも雪が積もる。スノータイヤに交換せねばならない。
一週間山歩きしていないので禁断症状が出てきそうだ、それに運動不足で2kgs体重が増えてきている。
 雨読生活で、月平均5~6冊乱読している。興味があり面白い物もあるが、ただ活字を追っているものもある。先月読んだ小説で面白かった本を紹介しましょう。
071124_1 新刊本で岩井三四二著 「南大門の墨壷」 です。
明治十二年(1879)東大寺・南大門修理の際、屋根裏から墨壷が発見された。それは室町時代以前ものと推定されており、どのような理由でそこに置かれていたのか一切わかっていない。
これをヒントに作者は面白く小説を書いている。源平の乱で東大寺が焼失し鎌倉時代に再建された。その時の番匠(宮大工)のお話し。

二冊めは宮尾登美子著 「東福門院和子の涙」 和子はまさ子と呼ぶらしい。071130_1
後水尾天皇の中宮、父は徳川二代将軍秀忠、母は淀君の妹小督(お江与)、明正天皇の母、兄は三代将軍家光。
和子姫誕生から付け人となった おゆき が、入内後も、姫おかくれあそばす迄そばに仕え66年間、公家社会と武家の間で和子姫の苦悩を切実に語る。 
武家から皇室に入った最初の女性。平家から皇室にはいった建礼門院徳子は武家でなく公達だそうです。
これで宮尾登美子の本は殆ど読んでしまった。

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「二つの祖国」と「沈まぬ太陽」

 先々月に山崎豊子著「不毛地帯」読み終え、次に 「二つの祖国」 と 「沈まぬ太陽」 を続けて読破しました。両小説ともかなりの長編で、山にも登らなくてはならないし時間がかかりました。071011_1
 「二つの祖国」 (上・中・下)は米国生まれの日系二世が主人公で、父なる国、日本と母なる国アメリカの間で板ばさみ会い又戦前、人種差別などに悩み戦後は、二つの国の架け橋として「極東国際軍事裁判(東京裁判)」の通訳、モニター(訂正官)として活躍するが、最後は悲しい結末となるストリーです。
NHK 「山河燃ゆ」 のドラマで松本幸四郎が主演したらしいが残念ながら観ておりません。


「沈まぬ太陽」(一~五) は巨大な航空会社(JAL)のおそるべき裏面と暗闇を描い小説です。071024_1
07114_1 クライマックスは皆様記憶に新しい、昭和60年8月12日群馬県の御巣鷹山に墜落し520名の尊い命を奪った、航空機最大の事故です。
航空会社の労務関係の悪さ、また不正と乱脈が次々と明るみでた。政・官・財が癒着する腐敗構造(最近では防衛省の事務次官と取引業者の癒着問題など)の中で主人公が正義を持って立ち上がるが追い詰められていく。
この小説の主人公も日本航空の社員をモデルにしたもので、限りなくノンフィクションに近いフィクションという作家の技法で事実を取材して小説化した人間ドラマです。

作家は二百名以上の方々を取材し、また八十冊以上の参考文献を読み、且つ又、中近東のパキスタン・イラン、東アフリカのケニア・タンザニア・ウガンダの各国を幾度も取材されています。読み出すと山崎豊子の小説の世界に引き込まれてしまいます。
表紙の太陽の写真は岩合光昭氏(山岳写真もかなり出されています)の撮られたもの。
作家は最後に 「この地球上で最も危険な獰猛な動物は人間である」 この言葉を読者に伝えたかったのではなかろうか。

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「不毛地帯」を読んで

 山崎豊子著 「不毛地帯」 の主人公 壱岐 正 は先日(8月?)亡くなられた。伊藤忠商事の元会長、瀬島龍三氏がモデルであると新聞で知り、若かりし(20代)ころM社で繊維関係の仕事に携わった経験から興味が湧き読みふけってしまいました。07916__1
5,000枚(一巻~四巻)にも及ぶ長編小説です。当初余りにもボリュームがあるので躊躇しましたが、読み出すと大変面白く引き入れられてしまいました。
主人公は終戦時、大本営参謀として迎え11年間厳寒のシベリア抑留を経て畑違いの商社に入り、防衛庁の次期主力戦闘機F-104の売り込みに頭角を現し。数年で常務取締役、イランの石油掘削に成功し副社長に出世し・・・・・・・・。筋書きは読んでのお楽しみ!
題名はシベリアの白い不毛地帯、石油開発イランの赤い不毛地帯から付けられたようです。
「この作品の魅力は何よりも、苛酷な生存競争を強いられ人生の不毛地帯を必死で生き抜く、元軍人 壱岐正という暗い戦争体験を背負った孤独な男の肖像を、鮮やかに描き出しているところにあるといえよう」 と文芸評論家談。
山崎豊子の作品 「白い巨塔」 「華麗なる一族」 等ドラマ化されて見られた方も多いと思いますが、一度これからの秋の夜長、読んでみてはいかがでしょうか?
「不毛地帯」おすすめの一冊です。

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新刊本(2冊)を読んで

 最近読みました新刊本を紹介します。

1冊は内田千鶴子著 「写楽を追え」 (天才絵師はなぜ消えたのか) 
約200年前の1794年彗星のごとくあらわれ(寛政六年)5月から翌年2月までの10ヶ月の間に、役者絵、相撲絵など百四十数枚の版画を一挙に出版し、突然姿を消してしまった浮世絵師がいた。Img_0004
その男の名は、東洲斎写楽。  彼の浮世絵は郵便切手にも使用されている。なぜ姿を消したのか謎である。

添付浮世絵は、父を殺された源蔵が、敵の水右衛門に仇討ちを挑む場面(二世坂東三津五郎の石井源蔵)

江戸文化の時代背景などから浮上してきた浮世絵師の小説であります。
残念ながら殆どの浮世絵は欧米に流出しており、我が国には僅かだけだと聞いております。浮世絵は18~19世紀のヨーロッパの画家に画法など影響を与えたものと教わったことがあります。

2冊目は 「作家たちが読んだ 芥川龍之介」 短編20集
彼の名は、1892年3月1日生まれ、辰年、辰月、辰日、辰の刻に生まれたことに由来するらしい。Akutagawa_ryunosuke_photo
朝ドラ「芋 たこ なんきん」の作家 田辺聖子は「芥川龍之介は、短編の名手として名高いが、それは、作品のたたずまいが、品(しな)たかいからである。文章に気韻があり、快い緊張感がある、そういう作風は短編に適う」といっています。
「蜘蛛の糸」「杜子春」「鼻」などは、読みやすく、教科書に出ていた覚えがあります。しかし「奉教人の死」「きりしとほろ上人伝」は、あまり理解できない。「河童」は彼が明治42年8月に槍が岳に登ったとき、上高地の河童橋にヒントを得たのか?「歯車」を書き始めたころより狂人染みてきており「或阿呆の一生」は自叙伝に近い。1927年、彼は、服毒自殺をはかり35歳で、この世を去っている。今年は没後80年にあたります。7月24日は 『河童忌』。
芥川短編集を読み終えて「天才と狂人は紙一重」だなぁーと感じ、小生は凡人でいて幸せと思いました。

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「山の旅」を読んで

年始めから読み出した近藤信行著 「山の旅(一)」「山の旅(二)」を昨日やっと読み終えました。                                             (一)は明治・大正編 信仰の山から近代登山へ―日本近代登山黎明期の登山家がさまざまなかんじで山をめざし、それぞれに個性的な文章が。                 (二)は大正期後半、日本山岳界をリードする慶応山岳部出身の世界的クライマーが残した文章、昭和30年代までの多彩な山旅の記録です。

それにしても、先人クライマーの綴った文章はなんて素晴らしいのでしょう。登っている時の情景、山頂から360度の眺望など、どうしてあのように上手く描写出来るのでしょうか、次から次と流れるような言葉、表現力豊かな文章(明治の文体は美文調であると聞いたことがあるが)。小生の国語力、ボキャブラリーの無さをつくずく感じます。         読んでいると、つい文章の世界に読者を引き込んでしまう。いままでに行った所、登ったところの文に接するとその光景が瞼に自然に浮かび、思い出されて懐かしさ一杯である。 また、まだ見知らぬところ登っていない山の紀行文を読むと、早く行ってみたい登ってみたいという欲望が湧いてくる、想像力を豊かにしてくれるとは思いませんか。山に登る前に紀行文、山行文を読むか、登った後に読むかは個人個人の違いはあるでしょうが、どちらにしても楽しませてくれます。

なかでも、松濤 明が昭和24年厳冬期北鎌尾根で全身凍傷にかかり死の直前に手帳に自由の効かない指で書き残した、カタカナ交じりの絶筆文、何度読んでも印象深い。一部記します。

一月六日 フーセツ 全身凍ッテ 力 ナシ ナントカ湯俣マデト思ウモ               有元ヲ捨テルニシノビズ  死ヲ決ス                               父上 母上 私は不孝でした お許しください ・・・・・・・・                   我ガ死ンデ 死ガイハ水ニトケ ヤガテ海ニ入リ 魚ヲ肥ヤシ ・・・・・・・          個人ハカリノ姿 グルグルマワル  (パートナー有元は死んでいる)

きょうは、八甲田、日本山岳史上最大の遭難事件があった日です。高倉 健主演映画「八甲田死の彷徨」 (新田 次郎著)で有名です。

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