「源氏物語」 千年紀 Part 4

 私の住む越前市(旧 武生市)は、平安朝それ以前より 「越乃国」 (福井県)の国府が置かれていた所であります。 
 源氏物語の作家 紫式部 は、父 藤原為時の娘である。生年月日も実名(香子?)も明確ではない。越前の国司になった父と一緒に、一年余り武生に住んだとされています。その関係から武生には 「紫式部公園」 があります。
この公園は多くの専門家の研究と時代考証のもと造られています。当時の国司の館を想像して、寝殿や対屋の位置を配しています。南に池を廻らせ、中ノ島もあり朱塗りの欄干の橋を架け、釣殿も昔の広さで建ててあります。Img_1451_1
金色に塗られた銅像の紫式部は日野山を眺めています。しかし私は彼女の瞳は日野山の遥か彼方の「京の都」に思いを馳せっているように思えてならない。Img_1456_1
初雪が日野山に降り積ったある日、式部はその雪景色を見て、「都」が恋しく、懐かしく思い次の短歌を詠んでいます。
 「ここにかく 日野の杉むら 埋む雪
         小塩の松に 今日やまがえる」

また、求婚者が春になったら迎えに来ると言ったけれど、来てくれない。
 「春なれど 白嶺のみゆき いやつもり
        解くべきほどの いっとなきかな」
 
我慢出来なかった式部は単身、京に帰ってしまう。
 武生での彼女は、おそらく、毎日退屈な日々を過ごしていたのでしょう。この退屈な田舎暮らしの時、大長編小説「源氏物語」の構想を練っていたのではないだろうか?私は思います。Img_1714_1
この公園には、「源氏物語」を研究されている学者、作家また文化人が沢山訪れています。080821 080826_1
最近読みました二冊です。

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